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和洋創作料理 べんけい/鶴岡食のてはがき

和洋創作料理をお楽しみください
地元庄内の新鮮食材にこだわった和洋創作料理の店。お肉は米の娘豚や旬の地魚といった四季折々の厳選素材を楽しめます。また、庄内の銘酒4種の飲み比べセットも人気です。

旅を味わって手渡す「鶴岡食のてはがき」
「食のてはがき」は、旅をしながら、ユネスコ食文化創造都市・鶴岡ならではの食を味わっていただき、次の人に手渡していく、旅を味わって手渡す絵はがきです。旅先で出会った人に渡すもよし、お店の人に返すもよし。
飲食店紹介ツール「鶴岡 食のてはがき」について

とん七 鶴岡こぴあ店/鶴岡食のてはがき

おいしさと健康にこだわった庄内発のブランド豚です
圧倒的なクオリティと知名度を誇るここ庄内発のブランド豚肉「平田牧場金華豚・三元豚」。安心・安全で美味しいとんかつを提供し続ける平田牧場直営店です。

旅を味わって手渡す「鶴岡食のてはがき」
「食のてはがき」は、旅をしながら、ユネスコ食文化創造都市・鶴岡ならではの食を味わっていただき、次の人に手渡していく、旅を味わって手渡す絵はがきです。旅先で出会った人に渡すもよし、お店の人に返すもよし。
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すたんど割烹 みなぐち/鶴岡食のてはがき

四季折々の庄内の味をお楽しみください
幕末の土蔵を利用して建てられた割烹料理屋。太い梁と柱が印象的で、どこか懐かしい雰囲気が感じられ、歴史ある蔵の中で、四季折々の庄内の味を楽しむことができます。

旅を味わって手渡す「鶴岡食のてはがき」
「食のてはがき」は、旅をしながら、ユネスコ食文化創造都市・鶴岡ならではの食を味わっていただき、次の人に手渡していく、旅を味わって手渡す絵はがきです。旅先で出会った人に渡すもよし、お店の人に返すもよし。
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居酒屋堂道/鶴岡食のてはがき

由良港から毎日直送の活きの良い地魚が自慢です
四季折々の旬の海の幸と、手作りにこだわったボリューム満点の一品料理が楽しめます。庄内の地酒にこだわり、料理に合う一杯をご用意。

旅を味わって手渡す「鶴岡食のてはがき」
「食のてはがき」は、旅をしながら、ユネスコ食文化創造都市・鶴岡ならではの食を味わっていただき、次の人に手渡していく、旅を味わって手渡す絵はがきです。旅先で出会った人に渡すもよし、お店の人に返すもよし。
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ジュールファスト/鶴岡食のてはがき

みなさまに、jour faste(佳き日)を!
地元の素材をふんだんに使ったカジュアルな洋食店。「jour faste(ジュールファスト)」は、フランス語で「佳き日」という意味。お店でのひとときがよき時間となるようにとの思いが込められています。

旅を味わって手渡す「鶴岡食のてはがき」
「食のてはがき」は、旅をしながら、ユネスコ食文化創造都市・鶴岡ならではの食を味わっていただき、次の人に手渡していく、旅を味わって手渡す絵はがきです。旅先で出会った人に渡すもよし、お店の人に返すもよし。
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鶴岡公園散策…① 荘内神社

公園正面口から、大鳥居をぬけて参道を歩いていくと、樹齢数百年をこえる老松・老杉に囲まれた荘内神社がみえてきます。参道わきの土留石や、神社の柵の土台など、ところどころにみかける白っぽい石は、鶴岡公園がお城だった頃の石垣の石。
酒井家初代 忠次(ただつぐ)、二代 家次(いえつぐ)、三代 忠勝(ただかつ)、九代 忠徳(ただあり)を祀った由緒ある神社で、鶴ヶ岡城本丸跡に明治10年(1877年)に建てられました。

大晦日から元旦にかけて、参道はたくさんの初詣客でにぎわい、夏の例大祭(荘内大祭)では、かつて江戸城西の丸で時を告げていた大太鼓が打ち鳴らされ、参勤交代を再現した大名行列が市中を練り歩きます。

また境内には、神職の解説と共に、酒井家藩主ゆかりの品々や、ひな人形(古典雛)、武者人形など貴重な歴史資料を展示する宝物殿があり、古美術愛好家の目を楽しませてくれます。

創建から120年以上を経た今も「神社はん」の愛称で、市民や近在の人々の心のよりどころとして親しまれている神社です。

荘内神社のお宝
荘内神社社殿には、むかしの姿を伝える古絵馬などが飾られています。いずれも貴重なもので、文化財の指定を受けています。
 
【おもな宝物】
○大太鼓 (江戸城より譲り受けたもの/市指定有形文化財)
○琵琶 (銘 武蔵野/市指定有形文化財)
○鶴ヶ岡城下大絵図 (市指定有形文化財)
○亀ヶ崎城下大絵図 (市指定有形文化財) ほか
 
鶴岡公園の概要|鶴ヶ岡城の面影|石碑めぐり|疎林広場|四季折々|少し足をのばして

市街地観光ガイドが鶴岡公園(鶴ヶ岡城址)周辺の見どころを歩いてのご案内もおすすめです。ガイド手配はこちらから「鶴岡市観光ガイド」

鶴岡公園散策…② 鶴ヶ岡城の面影

お堀に囲まれた鶴岡公園は、城址公園として、当時の面影を数多く残しています。
稲荷神社は、宝永5年(1708年)、庄内藩6代藩主 酒井忠真公が、当時の鶴ヶ岡城二の丸東北隅に城内鎮守として創建した神社。以来歴代藩主の厚い崇敬があり、年1回の祭日には、城下の人々も参拝が特別に許され、城内は大変な人出だったといいます。

明治維新後、お城取り壊しの際も、稲荷神社だけはそのまま残されました。これは藩のみならず一般民衆の崇敬が厚かったからであろうと言われています。

荘内神社参道わきの土留石や、神社の柵の土台など、ところどころで見かける白っぽい石は、かつて石垣に使われていたもの。また、鶴ヶ岡城の赤瓦は、松ケ岡の蚕室や鶴岡公園周辺等の西洋建築の多くに再利用されています。

文明開化の名棟梁 高橋兼吉 ~鶴岡のシンボルをつくった男~

◆鶴ヶ岡城のうつりかわり

鶴ヶ岡城は古くは大宝寺城とよばれ、鎌倉期以来戦国期まで庄内に君臨した武藤氏の居城であった。

天文年間(1533年頃)兵火のため武藤氏は大山の尾浦城に居を移し当城はその枝城となった。

天正15年(1587年)武藤氏が滅び庄内は越後の上杉氏そして慶長6年山形の最上義光の支配するところとなる。

慶長8年(1603年)大宝寺城は義光の隠居城として修復され、鶴ヶ岡城と改称する。

元和8年(1622年)最上氏改易の後、信州松代より酒井忠勝が入部。庄内14万石(幕末17万石)の本城としてそれにふさわしく整備拡充された。

酒井氏は徳川幕府譜代の大名として明治初年まで約250年間、庄内を治めるが戊辰戦争において抗戦の末官軍に降伏開城。

明治8年(1875年)鶴ヶ岡城解体。本丸、二の丸が公園となり本丸跡に荘内神社が建てられた。

市街地観光ガイドが鶴岡公園(鶴ヶ岡城址)周辺の見どころを歩いてのご案内もおすすめです。ガイド手配はこちらから「鶴岡市観光ガイド」

鶴岡公園散策

鶴岡市の中心部にある鶴岡公園は、かつて庄内藩・酒井家歴代藩主の居城として栄えた「鶴ヶ岡城」跡に広がる城址公園。藤沢周平の小説「花のあと~以登女お物語」の舞台となったお城でもあります。

当時のお城は、三重に堀と土盛りをめぐらした平城でした。明治8年(1875年)にお城は取り壊され、本丸と二の丸が今のような公園になりました。

「日本さくら名所百選」にも選ばれる園内には約710本の桜があり、県内随一の桜の名所として毎年4月上旬に見ごろをむかえ、大勢の花見客でにぎわいます。

新百間堀(しんひゃっけんぼり)に浮かぶように建つキャンパスセンターでは、「IT主導型バイオサイエンス」の世界拠点として期待される慶應義塾大学 先端生命科学研究所を中心に、東北公益文科大学鶴岡サイト、致道ライブラリーがあり、周辺の藩校 致道館、致道博物館などとともに「鶴岡タウンキャンパス」として一大文教ゾーンとなっています。その美しい景観から第9回「やまがた景観デザイン賞」山形経済同友会大賞も受賞しました。

いにしえの館「大宝館」
そして鶴岡市になった…
酒井のお殿様が庄内においでになる前は、山形の最上義光(もがみ・よしあき)の領地で、そのころのお城は「大宝寺城」(だいほうじじょう)とよばれていました。ある日、酒田の海岸に大きな亀がうち上げられ、義光公はこれはめでたいと酒田のお城の名前を「亀ヶ崎城」にしました。このとき「鶴は千年、亀は万年」ということわざにちなみ、大宝寺城も鶴ヶ岡城と改められたといわれています。
市街地観光ガイドが鶴岡公園(鶴ヶ岡城址)周辺の見どころを歩いてのご案内もおすすめです。ガイド手配はこちらから「鶴岡市観光ガイド」

大寶館

大正天皇の即位を記念して大正4年(1915)に建てられた、赤いドームと白壁が特徴の洋風建築物。開館当初は物産陳列場、戦後は市立図書館として利用され、現在は、明治の文豪・高山樗牛や日本のダ・ヴィンチといわれた松森胤保など、鶴岡が生んだ先人たちの偉業を讃える資料を展示しています。

●バス案内
【庄内交通ホームページでご確認ください。】   庄内交通ホームページ

庄内藩校 致道館

庄内藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、文化2年(1805)酒井家九代目・忠徳公が創設した藩校です。徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、質実剛健な教育文化の風土を育む土壌となりました。現在は、表御門、聖廟、講堂、御入間などが残っており、国指定史跡として一般に公開され、たくさんの人が訪れています。この藩校建築は、現存するものとしては東北地方唯一のもので、歴史的、文化的にも価値が高いものとして知られています。

●バス案内
【庄内交通ホームページでご確認ください。】
庄内交通ホームページ

荘内神社

明治10年(1877年)、旧藩主を慕う庄内一円の人々によって鶴ヶ岡城旧本丸跡に創建されました。創建から120年以上を経た今も「神社はん」の愛称で、市民や近在の人々の心のよりどころとして親しまれている神社です。境内にある「宝物殿」では藩主ゆかりの武具、美術工芸品などを展示しています。

四季折々の花手水も見どころのひとつ。
6月中旬頃からは紫陽花の花手水で梅雨の季節が明るく彩られます。