フードダイバ―シティ対応研修会「ベジタリアン研修」を開催しました。

「『創意』と『工夫』で食のダイバーシティを実現」

ユネスコ食文化創造都市に選出されて10年、ガストロノミーツーリズムを地域一体となって進めてきた山形県鶴岡市。最近では、インバウンド需要を見据えて、フードダイバーシティ、食の多様性を掲げて活動を行い、2023年11月13日には精進料理の歴史や魅力を、14日には鶴岡の食の多様性とポテンシャルを考える「鶴岡ガストロノミーサミット」を行いました。その時に課題として出たのが、「食の多様性を実現するためにいかに必要な知識を身に付けるのか」ということでした。その解決策のひとつとして、「ベジタリアン研修会」を、2024年1月25日、アル・ケッチャーノアカデミーで行いました。
研修は二部制になっており、講義を行うのは、第一部が14日のサミットにも登壇し、これまでも地域のガストロノミーをけん引してきたアル・ケッチャーノのオーナーシェフである奥田政行氏。続く第二部には、料理家であると同時に日本各地で地域フードプロデュースを行う株式会社Maestranzaの比嘉康洋代表取締役が務めました。

重要なのは料理人の引き出しの数
第一部は、「奥田流ベジタリアンガストロノミー」と称してまずは座学からはじまります。長年、鶴岡の食のポテンシャルについて独自に調査を行ってきたシェフによれば、世界中でもっとも野菜や魚の種類が多いのが日本だそうで、とくに野菜の種類が豊富な理由としては日本がシルクロードの最終地点であることが挙げられるといいます。なかでも鶴岡市は水揚げされる魚介類が141種類もあり、野菜や果物も豊富でブドウだけでも56種類、リンゴも約40種類もあるといいます。その背景には、狭い地域ながら平野から山岳まで多様な地形が異なった気候をもたらす自然と、出羽三山への信仰があることによって、参詣者が野菜や果物などの貴重な「種」を金銭的な価値として持ち込んだという文化的な背景を挙げました。そのおかげで在来野菜などの数百年前から残る野菜がいまも残っているのだと解説します。
山と海が近いことから、以前よりこの地域では山菜料理でも魚介が入ることがあり、そのことが、鶴岡の美味しさにも影響しているといいます。例えば、鰹節などに含まれるイノシン酸はうま味であるグルタミン酸と掛け合わせることによってうま味は5倍にもなるそうです。そういった背景を基に、奥田流のベジタリアン研修は、植物と動物性タンパク質がかけあわさった、ベジタリアンのなかでも野菜とともに魚介が入る「ペコスタリアン」の2品と、2016年にイタリア・ミラノで行われた野菜料理コンテスト「The Vegetarian Chance(ザ・ベジタリアンチャンス)」にアジア代表で出場した時に世界3位に輝いたヴィーガン料理の計3品を学ぶ研修となりました。
まず、奥田シェフがつくったのは世界3位の料理。鶴岡版ラタトゥイユともいえる一品は、キュウリやニンジン、ミョウガなどの野菜を塩であえて乳酸発酵させるシンプルなもので熱を加えません。ラタトゥイユとの違いは、「地中海は乾燥しているので野菜の苦みが強く、それでオリーブオイルと熱で中和する」そうで、鶴岡の野菜は甘みがあるため熱を加える必要がないとのこと。これは、郷土料理である「山形のだし」と発想が一緒であり、それで「山形のだし 冬バージョン」というタイトルになっています。
続く「ペコスタリアン」2品は、月山の雪国をイメージした「のどぐろムース」とキンカラ鯛とイカ、ズッキーニの「キンカライカズッキーニ」がつくられ、のどぐろは脂をうまく出すこと、淡白なキンカラ鯛は175度で焼き色をつけるなど、食材それぞれにあったうま味を凝縮する調理法を見つけることが重要だと述べ、そのためにも、料理人は引き出しを多く持つことが求められるとシェフはいいます。その後の質疑応答では、油やオーブンの温度、でんぷんについてなど料理人の研修ならでは核心を突く質問が飛び交いました。

現場を疲弊させないための「代用」
休憩をはさんだ第二部では、「フードダイバーシティはじめの一歩」と称して、講師である比嘉さんが日本各地で行っている地域と食のつながりの解説からスタート。比嘉さんは京丹後ではレストランバスを宮城の温泉地では古民家を通じて、他にも函館空港や十和田湖などで地元の食を観光資源としてプロデュースされていますが、そんな比嘉さんから見ても庄内の食材の豊富さと食文化の魅力は格別なものだといえるそうです。とはいえ、飲食店や旅館、ホテルの誰もが余裕を持って食のダイバーシティに向き合えるわけではありません。人手などオペレーションの問題もありますし、金銭的な問題もはらみます。
そこで比嘉さんは、こうした現実的な課題を乗り越える工夫を伝授しました。そのひとつが「代用」という考え方。新たな料理をいちから学ぶのではなく、既にある料理、身近な料理で代用する考え方です。例えば、グループのなかでひとりだけヴィーガンのお客さんがいたら蕎麦に野菜の天ぷらでも充分喜ばれるというのです。気を付けるのは、つゆのカツオ出汁と、天ぷら粉の卵くらい。他にも、おでんなどの鍋物や五目御飯ならばメイン料理にもなります。また、進化著しい代替食品も活用しようと紹介しました。お肉は大豆ミートに、卵ならばSOYスクランブル、乳製品は豆乳やココナッツミルクなどです。加えて、以前より悩みの種とされていたデザートも、豆乳を発酵させたものが生クリームとそん色なくなっており、バターを使わないパイ生地なども市販されています。そうした既製品を庄内の強みである野菜や果物と絡めることで、充分に魅力的な料理ができるというわけです。
その上で比嘉さんは「大豆タコスとSOYチーズのブルスケッタ」「べジスクランブル」「蕎麦の生七味ペペロンチーノ」「野菜のルンダン(インドネシア風カレー)」「SOYテラミス」「SOYミルフィーユ」の6品を提供しました。実際に試食した参加者からは、そのクオリティの高さに驚きの声が上がっていました。最後に比嘉さんは、食のダイバーシティは「ストック」「知識」「考え方」で十分乗り越えられると言い、それを街全体で支えることが大事であり、こうした姿勢が、インバウンドのお客さんにも通じ、リピーターにもつながると述べました。力強い2人の講義に参加者も一歩を踏み出す勇気を後押しされたようでした。